2.理想のふるさと創成のための個別・具体策の例示6件プラスアルファ


1)光ファイバーを流れている有線情報の無線化とインターネット利活用


 上野原市では市内全地域に市の情報基盤整備事業によって隈なく光ファイバーが敷設され、中心市街地にはNTTによって光ファイバーが敷設されています。

 この光ファイバーを流れている情報を無線化して、携帯電話の手軽さで、スマートフォンやPCからインターネットを使えるようになりました。その結果、上野原市は西原・秋山を含め、最早、情報に関する限り全地域が僻地ではなくなりました。

これによって独り住まいのお年寄りが『何時・何日、ちょっと病院まで便乗お願い』とスマホのボタンを押されると、ご近所の若いお母さんから『ついでがあります。はい!了解!』という返事が返ってきて、子育て最中のお母さんが『何時・何日、ベビーシッターをお願い』とスマホのボタンを押されるとご近所のお年寄りから『はい!了解!』という返事が返って来る、そんな『みんなじゅうが助け合う息の通った共助社会』をこの地に創成出来るようになりました。これが実現すると交通が不便な西原や秋山はもとより上野原全域が見違えるほど住みやすい街に一変します


  私は、この25年間に、遠くは、①私財を投じて西原・棡原から高台の中心市街地に用水を引いた先人、②子どもたちの教育のために山林を寄贈された先人、③日大明誠高校の誘致に力を尽くされた先人の高い志を学び、近くは、④私がこの地に着任した時に工業団地を完成させていた先人の高い志を教わっています。しかし、私がこの地で納税するようになったこの25年間については、この地の 政(まつりごと)の中に『先人と同じようなフォアザパブリックの高い志』を見出すことが出来ていません。

 

 私は、情報基盤整備事業の構想には『フォアザパブリック』の高い志を読み取りましたが、志から生まれた形は『1民間企業の営利事業』でした。民間企業が事業を興す場合、コンセプトにテクノロジジーを掛け合わせてプロトタイプを作成し、開発に努力して量産スペックを確定する段階は企業秘密とされますので、私がこのことを知った時、『ボタンを掛け違えている。出資者を広く募るのが当然』と思い、現に、『こんなにすばらしい事業ならば私も出資したかった』という発言に接したのでしたが、後の祭りでした。

 

 私は、この民間企業がこの地域社会に根付いて、立派な業績を上げるようになった時に、私が勤務した企業が昭和39年に10億円を拠出して科学振興財団を設立した例に倣って、当地の振興のために利益を還元すると期待して、自分が出来る範囲で応援しましたが、この地の民意が趣くところ、残念ながら、私の描いたシナリオは実現しませんでした。

 

 理想のふるさと創成の基盤となる多額の税金が投入されたこの事業の今後については、今後の市政の対応に俟たざるを得ませんが、私は、この8年間の有線から無線へのインターネット利用環境の進化をどのように理想のふるさと創成に活用して行くか、この地の民意がどこまで『フォアザパブリック』の旗印のもとに結集されるか、試練の時を迎えていると考えています。

 

 情報基盤整備事業に注ぎ込まれた税金の利活用の基本は、個人をベースとした小規模な装置と事業用の大規模な装置を組み合わせて、有線を流れるインターネット情報を無線に変えて、上野原市の何処にいても、ノートPC・タブレットPC・スマートフォンがインターネットに繋がるようにすることであります。


上野原市では、2015年10月から、日本郵政による『見守りサービスの実証実験』が行われました。『□□さんお元気ですか』、『お薬は飲まれましたか』、『お買い物のご用はありませんか』などなど、タブレットパソコンが毎日話しかけます。息子さんやお孫さんとのテレビ電話もプログラムに入っています。お天気検索、地図検索、交通機関の時刻表や乗り継ぎ検索、電子メール、ユーチューブでの落語の名人芸の鑑賞、カラオケ、インターネットオークションなどなど、無線によるインターネット利用は何でもありです。

 

日本郵政は、実証実験の結果を評価し、この事業に本格的に取組むと発表しています。

郵便局の組織と人、そして何よりも、貯金や保険などお金に係わる『信用』を利活用できるこの仕組みを市として存分に活用することが得策だというのが実証実験に参加した私の考えです。郵政の見守りサービスと同じことを市で実行すれば、費用と効果が釣り合わないのは目に見えています。


2)地域通貨で記帳される上野原善意銀行のインターネット預金通帳


 この『みんなじゅうが助け合った際の感謝の気持』を(現金ではなく)ケヤキシールやスーパーのポイント券などの金券で支払うのです。私はケヤキシールを地域通貨にする特区を申請し、『現行法規によって実施可能』との回答を得ています。これによってお互いの感謝の気持ちを地域通貨で授受出来るようになると『現金よりずっと安く、便利で、豊かで、安心・安全な日々の生活』が送れるようになります。

 

市の社協にはすでに善意銀行が開設されています。この善意銀行に『インターネット預金通帳』を作り、金券を支払う代わりに通帳の上でやり取りし、記録すると『残高にプラスとマイナス』が生まれます。それを融通する中で『新しい助け合いの輪』が生まれ、年金や現金給付では救いきれない社会福祉の盲点をカバーした『お年寄りにやさしい上野原式共助・福祉社会』が生まれます。

 


 『ちょっとした物々交換』、『ものとサービスの交換』、『サービスとサービスの交換』が行われる日常生活の中で、今すぐお返しが出来ない時に、ケヤキシールやポイント券を相手方に渡すのではなく、『善意銀行の預金通帳の上で数字を付け替え、ありがとうの気持』をやり取り出来るようになると便利です。やり取りするときのポイント(値段)は、その時々に相対で決めればよいと思っています。

 理屈っぽくなって恐縮ですが、サービスとは『物の値段を安くしてあげること』ではなく、『手間貸し』、すなわち、『相手がして欲しいと願っていることをして差し上げること』、カタカナで書けば『ライブのアクション』ということなので、『今すぐ』ということが絶対条件になります。今すぐにお返しのサービスが出来ませんので、地域通貨で支払うという考え方です。『地域通貨は手間借りの手段』というと分りやすいでしょう。 

 

 私は、ケヤキシールやスーパーのポイント券を紙幣のように持ち歩いて、直接相手に渡すのではなく、通帳を持ち歩いて、『AさんからBさんの通帳へ点数を付け替える』ことを想定しています。

 

 ですから、地域通貨とその預金通帳の発行者は信用のある機関でなければなりません。

 私は上野原地区区長会会長の立場で上野原市の社会福祉協議会の活動に参加したことがありましたが、この時、社協に『善意銀行』が開設されていることを知りました。この善意銀行が受付けてくれるのは『現金だけ』ということなのですが、本当に必要とされている善意は『今すぐ、何かをして欲しいというニーズに応える善意』なのです。どのようにしてこのニーズに応えるか、今後の市政の対応に俟たざるを得ませんが、私は、次の諸点を基本に据えて、理想のふるさと創成に向けて、本気で地域通貨を検討して頂きたいと考えています。

 

地域通貨のニセモノが出回ったり、紙くずになるのは許されませんから(明治の時代の円紙幣がゴールドと交換されると表記されていたように)地域通貨の発行額の全額または一定額の法貨(円)を見合いに地域通貨を発行することが必須です。『円兌換地域通貨』という考え方で、地域通貨を円で保証する考え方です。この保証金をどうして調達するか、私は、地域通貨をスタートさせる時に、社協の善意銀行がケヤキシールとスーパーのポイント券と『円』の寄付を呼びかける案を考えています。

 

地域通貨には十分な量が必要です。円資産を見合いにケヤキシールを発行(印刷)する必要があります。この地域だけで十分な円資産が得られない場合は、『理想のふるさと創成のためのふるさと納税』を呼びかけることも考えられてよいと私は考えています。

 

スタート時点で一定の地域通貨を通帳に記帳する必要があります。ケヤキシールあるいはスーパーのポイント券を何枚にするか検討課題ですが、『感謝の気持を示す枚数』(定価)は設定しませんので、参加者に交付する通帳1冊に法貨で3000円見当(ケヤキシール換算1000枚:シール台帳1冊100枚で300円@3円)でどうかと考えています。

 

④地域通貨が使われ始めると、高齢者の通帳残高がマイナスになることが考えられますが、通貨につきものの信用創造はご法度とする考えです。信用創造が行き過ぎると通貨の紙くず化が起こるのは経済の鉄則です。
 

地域通貨の需要が当初の寄付額を大幅に上回る事態が生まれた場合、地域通貨に相場(為替レート)が発生する可能性ありとの夢のような話も起こり得ます。

 

⑥数年後に通帳の残高が一定額に達した場合、将来のための積み立て勘定に移したり、円と交換したり、あるいは、善意銀行を通じて残高の少ない人に寄贈したりするわけです。


3)膨大な学びのための『仮称 中央公民館』の建設


 そのためにはお年寄りを含めて全市民の『膨大な学び』が必要です。『学びの司令塔としての中央公民館』が必須です。上野原市では各地域に学びの場となる集会所が整っていますが、学びの司令塔がありません。『中央公民館は市役所にある』と説明され、館長が任命されていますが、看板はなく、館長はデスクもなく、無力です。

これでは『みんなじゅうが助け合う息の通った上野原式共助・福祉社会実現のための膨大な学び』が出来るわけがありません。お年寄りや子育て途上のお母さん方にやさしい街のど真ん中の織協に中央公民館を建設し、理想のふるさと創生のための学びと活動の拠点とすることが必須です。

 最盛期に500軒の機屋さんが加盟されていた織協は200坪もの土地の寄付を市に申し出られた経緯があります。この地の生業を支えた織協を未来への学びと活動の拠点として蘇らせましょう 


織協はその昔の上野原の屋台骨を支えた織物業の司令塔でありました。時代の変化の中で、織物は当地の生業の中心ではなくなりましたが、未来に向けたふるさと創成の中心の役割を担うに相応しい歴史的拠点であります。

 

区長を務めていた3年前に、この織協の歴史と伝統を後世に伝える1部屋が設けられることを条件に、210坪の織協所在地が上野原市に採納寄付される案件が理事会で検討され、奈良市政にその意向が伝えられたと仄聞しています。本件、今も事情に大きな変化はないようであります。


4)『諏訪⇔新田道路拡幅』


 消防署が街中から松留・八ツ沢地区へ移設されたにも拘わらず『諏訪⇔新田道路の拡幅』は未実現です。拡幅しましょう。 


  消防署の移転が決まった時、中心市街地で『移転絶対反対』の機運がありました。この時、私は、上野原地区区長会会長を務めておりましたので、22地区の区長各位にお集まり頂いて、計画内容と火災発生時の到達時間について消防署から詳細説明を頂く機会を設けました。その時、『諏訪⇔新田道路の拡幅』をお願いしたのでしたが、未実現です。上野原市の行政は過去の事例に縛られ過ぎています。目的達成に向けたスピード感にが欠けています。

 この事案など、移転計画案を議会に説明すると同時に地区の区長会に説明があって当然の案件と私は考えています。地区の区長会が判断するまでもなく、この案件は。地域の防災という『フォアザパブリック』の一丁目一番地の案件でありますので、行政は先例を打破してでも取組むべき課題であると私は考えています。


5)『市立病院は警備的医療機関』


 手術などを行う戦闘的医療機関は甲府や東京の大病院に委ね、市立病院は警備的医療機関として『人間ドックの受診資格を国保税を納付する市民に限定しないで、会社の健保組合に加入している市民や近隣市町村の国保加入者に拡大』しましょう。


 私は1959年に新入社員実習で夜勤を2週間続けました。その時、現場の年配の班長さんから『PM』(プリヴぇンティブメンテナンス)という考え方を教わりました。長さ50センチ、直径5ミリほどの鉄の火箸の先にパチンコ玉が着いた道具を与えられ、火箸の先端をモーターの回転軸に当て、パチンコ玉を耳の穴に入れてモーターの回転音を聞く作業で、スムースな回転音が聞こえたら問題なし、時折ガリガリという雑音が入れば、次の設備点検の際にモーター交換という工程検査の作業でした。

 このことを1960年4月に東京の本社勤務になった時、人間ドックの草創期でしたが、わが身に採用して、当時、3時間人間ドックをはじめていた東芝大井町総合病院の人間ドックのお世話になりました。データーが蓄積されることが殊のほか大切という考えで、当地の大学に勤務するようになっても、東芝の3時間人間ドックを続けて来ました。

 

 大学勤務終了後は、市立病院の老朽化著しい設備で3時間人間ドックを受診し続けたのでしたが、電子カルテが導入された新病院の人間ドックは『私にとって東芝総合病院の人間ドックより優れもの』であることを確認しました。人間ドックのデーターがちょっと風邪を引いて診察を受けた時のデーターと比較できる形でモニターの画面に表示されることが分かったのです。

 

 平成27年3月のことでした。年に1回の3時間人間ドックを市立病院で受診したのでしたが、『エコーの結果肝臓に腫瘍の疑いあり。再検査を要す』との判定で、CT検査を受けたのですが、『肝臓には異常なし、その代わりに腎臓にごく初期の3センチ弱の腫瘍あり。市立病院では対応不能につき、甲府か東京の総合病院で治療を要す。甲府か東京か選択されたい』との診断を受けたのです。

 

 私は躊躇なく東京を選択し、5月に東京の総合病院で再検査を受け、『腎臓腫瘍は9割方悪性であるが故に、組織培養をするまでもなく、全身麻酔・開腹手術』との診断を受けました。これに対して『区長を1年間続投しなければならないので、即入院手術は不可能。牛倉神社の例大祭が終わってから手術として頂きたい』とドクターにお願いし、区長業務を続けていました。

 

 9月になって、牛倉神社の例大祭が終わり、入院の事情を仲間のみなさんに説明したところ『今日の朝日新聞の記事を見たか』と蝶々の亀山先生から問われたのでしたが、『茨城県立病院に、局部麻酔し、手術時間30分、マイナス160度Cの気体で癌を死滅させる凍結療法の装置が導入された』と書かれていました。インターネットでにわか勉強して分かったことは、『この装置は全国に9台あり、そのうちの2台が東京のガン研中央病院にある』ということでした。

 

 私は迷うことなくガン研中央病院への転院を願い出て、昨年12月に『上野原に住まいながら首都圏の最高の医療を受ける』という幸運に浴しました。

 

 市立病院の医療機器は新しく、性能がよいということを今回、私は身をもって実証実験する結果となりました。

 

 市立病院の人間ドックは市民が誰で設けられるようになっていないと承知しています。

 優れものである市立病院の人間ドックをすべての市民が受けられるようにしなければなりません。


6)『水越八重教育基金による育成会活動助成』


 育成会活動の目的を『上野原の自然の中で、科学的思考を身につけ、逞しく生きる力と新しいものごとを創造する志を養う』ことと定め、登山地図を持っての水源・水路調査・モーター逆回転による水力発電・水質と空気汚染調査・オオムラサキ他の蝶資源調査などの野外活動を水越八重教育基金で支援し、逞しい子供を育てましょう。  


 私は、区長を務めた5年の間に(恩賜林はないけれども、未来の子供たちのために水越八重さんが寄贈された山林の収益の管理に当たっている)上野原財産区の管理委員を4年間務めました。そこで分かったことは、『水越八重さんの志が生かされていないこと』でした。]

 

  水越八重教育基金から4年間に管理委員会に提案された支出案件は2件、1件は、上小と上中の体育館の緞帳の修理、今1件は、上中の正門を入った右側に『中学統合記念植樹と市長名を刻んだ石碑の設置』の2件でした。いずれも未来の上野原を背負う子供たちの育成とは無縁の案件でした。

 

私は、青少年育成推進員も務めましたが、この間に、『育成とは何か』、答えを求め続けてきました。分かったことは、国の教育基本法の中で『社会教育』=『教育全体』マイナス『学校教育』と定義され、『社会教育とは何か』が正面から定義されていないことでした。『学校教育以外なら何をやってもよい』ということでは社会教育の焦点が定まらないのは当然です。

 

上野原市においては、少なくとも、青少年のための社会教育と高齢者のための社会教育を独自の立場で、正面から定義しなければ社会教育と趣味・娯楽の区別が出来なくなります

 

このような学びの中から、私は、青少年育成推進員を務めた立場で、『水越八重教育基金による育成会活動助成』を平成28年4月に教育長に提案しました。その骨子は次の通りです。

 

  上野原市における青少年育成活動の目的『上野原の自然の中で、科学的思考を身につけ、逞しく生きる力と新しいものごとを創造する魂を身につける』ことと定義する。

  この目的を達成するために、水越八重教育基金の年600万円強のゴルフ場からの賃貸収入の一部によって、10年間継続する前提で、上野原各地区の育成会活動を助成し、コンペを行う

  助成の対象とする活動の具体例を次の通り例示する。ⅰ〕『地学』の分野では、25千分の1の地図による八重山登山、八ツ沢発電所の水源調査、西原・棡原から街中への用水供給経路の調査、ⅱ〕『物理』の分野では、市内随所に見られる水流を利用した『モーター逆回転による発電』と蓄電・照明、ⅲ〕『生物』の分野では、榎と椚の植生調査とオオムラサキの育成、ⅳ〕『化学』の分野では、水質調査・大気中の放射能測定などが考えられる

  大人と子どもの役割分担は次による。ⅰ〕大人は子どもに課題を与える他は只ひすら子どもたちを危険から守る役割に徹し、課題解決の方途については指導しない。ⅱ〕子供は協力して与えられた課題の解決に取り組む

 

このような育成活動が定着すると、『上野原市は、恵まれた自然環境の中で行われる科学に根差した逞しい子育ての理想郷』という評価が生まれて来ると期待されます


7.プラスアルファ


 毎年、『継続は力なり』と言いますが『同じことを繰り返していたのでは生きて行けなくなる』と言うのも現実です。どちらに軸足を置くべきか、『継続は力』という考え方に軸足を置いて『前年と同じことをやっているうちに少子化高齢化への対応に遅れを取った』と言うのが今の上野原市の現実です。

 軸足を『現実に根ざした改革思考』に軸足を移すときであります。自民党小泉進次郎元青年部会長・現農林部会長の次の国会質問の感性に私は現実に根ざした改革の魂を見出しています。

 

 「私は農林部会長になって、農協の皆さんと向き合う中で、今でもわからない、根本的な疑問があります。それは農協(JA)の皆さんは(中略)協同組合だからこそ、独占禁止法から適用を除外されている。だったら、なぜ農協より、ホームセンターの方が安いものがあるのか。北海道の陸別町農協という餌を安く提供する農協の組合長と会った。なぜほかの農協の組合員は、その安いところから買えないのか。農業の世界では当たり前かもしれないが、私にはその当たり前が理解できない。1円でも安く必要なものを、どこからも自由に買うことができ、経営感覚をもち、自由な経営が展開できる。まさにそれこそやらないといけない構造改革だと思いますが、総理から答弁をお願いします」

 

  以下は11月1日の新聞折込にスペースの関係で書きたくても欠けなかった私の私のマインド、すなわち、考え・感じ・意志する私の身体の部分=頭脳に浮かんだ個別具体的事例です。

 プラスアルファの第1項は駅伝競走のコース変更です。ご一緒に考えて頂ければ幸いです。


 私は、青少年育成推進員協議会会長を仰せつかっていますが、教育委員会の社会教育活動は、こと体育会系行事に関する限り、前年の行事を間違いなく踏襲することに終始しています。

 

 区長を務めた5年の間に、東部体育会会長を2年間務め、駅伝大会に東部体育会として参加するにつき、チーム編成と登録・参加などについて取りまとめに当たりましたが、『駅伝競走の命』とされている『襷を繋ぐ』ことが交通事情のゆえに失われていることに気付きました。

 現在は『最終ランナーが襷を受け継ぐ中継点で20分を限度に見切り発車が行われている。その理由は、JR塩津駅から市役所のゴールまでの国道20号の通行規制の長時間化を避けるためである』ということなのですが、『ここ数年の道路事情の変化により、国道20号を走らない駅伝コースの設定が可能』と私には思われたのでした。私は、東部体育会から上野原市の体育協会に提案したらどうかと平成27年3月に相談したのでしたが、時期尚早ということで、見送りになりました。

 

 現在、私は、青少年育成推進員協議会会長の立場で、平成28年度駅伝大会の実行委員会に出席する場を与えられていますので、29年度駅伝大会について、『国道20号を走る現在のコースと20号を走らない駅伝コースのメリット・デメリットを比較考慮しながら、28年度駅伝実行委員それぞれの立場で考察頂きたい』と要旨次の通り申し出ました。

 

.駅伝大会の目的の確認:時間を競うことが駅伝競技の目的ではあるが、もっと大きな、大切な目的は『襷を繋ぐこと』である。26年1月の箱根駅伝の走者が地面を這って襷を繋ごうとした選手の魂とそこから生まれる感動が『駅伝の命』である。

 

2.①国道20号の警察署前の掘割に、ガードレール付きの歩道が新設されたこと、②市役所西側から原地区への陸橋がすでに完成していることを考慮すると、国道20号の車道を一切走ることなく、したがって、上記2の繰上げスタートの必要がなくなるようなコースの設定が可能であると考えられる。

 

.コースの具体的詳細内容は専門部署の検討に俟たざるを得ないが、市役所スタート⇒庁舎を左回り⇒国道20号陸橋⇒原地区⇒高速道路沿いに東進⇒日大明誠高校通りを北進⇒水路通りを西進⇒再度国道20号陸橋⇒市役所庁舎を右回り⇒国道20号掘割歩道の下り坂を西進⇒陸橋交差点を鶴川に向かって右折⇒道なりに下り中央道側道に沿って旧平和中差路を右折⇒西方寺前を通り八米郷土橋⇒県道を経て⇒市役所にゴール(ゴールまでの最後の直線距離が2倍以上に延びる)というコースが検討されてよいと考えられる。

 

 4.これが実現すると、国道20号を走る危険が減るだけでなく、応援可能な道路が増えるだけでなく、ゴール直前の選手の頑張りの区間が延長されるなどの効果が期待されます。

 

5.駅伝コースの変更の可否を選挙で選ばれる新市長が真剣に検討して下さることを期待したいと考えます。


水路通り