3.公約を実現する確かな手法


1)副市長を事前に明らかにした上で立候補する上野原式市長選挙の仕組み


  選挙には直接選挙と間接選挙があります。アメリカの大統領は直接選挙で、日本の首相は間接選挙で選ばれます。市長はアメリカの大統領選挙と同じ『直接選挙』で選ばれます。

日本では、直接選挙で選ばれる市長候補はアメリカの大統領選挙のような予備選挙による競争の洗礼を受けませんので、当選後の恣意的行政と権力の乱用に対する歯止めが必要です。『当選後の市政の運営で決定的不一致が生じた場合、閣内不一致による内閣総辞職に倣って市長辞任』の書面を公開した上、副市長の名前を示して立候補する仕組みによって権力の乱用と腐敗に歯止めをかけようという考え方です。現在、副市長は選挙後に議会に提案され選任されていますが、当選した市長が事前に明らかにした副市長の選任について議会の賛同を得ることは可能でしょう。

 

総務省はアメリカの直接選挙に倣ったこの方式は不可能とは言いませんでした。この上野原方式にみなさま方が積極的に賛意を表明されれば今回の選挙から実現可能と私は考えています。 


  私たちは、市長選挙で『よりよい私たちの暮らしを実現するための権力』を市長に託します。

権力とは何でしょうか。権力とは『拒むことの出来ない命令を出す立場』ということです。一番わかりやすいのは、私たちは市長から『税金納付の命令』、すなわち、『権力に基づいて発せられる納税命令』を受けると言うことです。

『税金の使い方が気に食わない』といって納税を拒否すると財産を差し押さえられます。裁判に訴えても負けます。納税は憲法に定められた私たちの義務だからです。

ですから私たちは、市長選挙で『この人に投票して下さい』と頼まれた時、何はさておいても『私たちが苦労して納めている税金の使い方をこの人に任せてよいかどうか』を考えることが大切と言えるでしょう。

具体的に言うと、『税金の使い方を任せられるほど信用できる人かどうか』、『税金の使い方について公私混同をしない人かどうか』について『過去の実績』を見極めなければなりせん。

 

『投票し、当選した市長の税金の使い方が意に沿わないから辞めて貰いたい』と思っても、後の祭りです。確かに、『議会による不信任決議案の可決』あるいは『有権者によるリコール』という制度はありますが、耐えられないほどの時間と費用(税金)の無駄が発生します。選挙と同じような費用と時間がかかるだけでなく、賛成多数が得られないことも起こります。

数年前、鹿児島県では、不信任決議を提出した議会を市長が解散するという事態が起こりました。このような事態が起こった場合、市政が停滞します。市政の停滞は税金の無駄以外の何ものでもありません。市政が停滞しても給料は支払われるからです。行政では『時は税なり』と考える所以です。

 

納税命令は権力が行政の外に向かって発動される例ですが、権力は、『人事権』と『予算編成とその執行権』という形で、行政の内に向っても発動されます。行政の内に向った権力の行使は、徹頭徹尾、『フォアザパブリック』でなければならない、別の言い方をすると『自分自身あるいは特定の人の利益のための権力の行使は認められないこと』です。

 

ここまではご異論はなかろうと思います。

 

厄介なのは、行政の内側に向けた権力行使が目に見えない形で行われる場合がしばしば起こることです。行政の内側で、権力を行使する人、行使される人はいずれも『神様ではなく、生身の人間』ですから、人間の性が赴くところ、『権力は無限に腐敗する』という現象が『洋の東西を問わず、時代を問わず』発生していることです。

私のこれまでの学びの結論は『権力の腐敗を否定する人に限って権力の腐敗の旨みのとりこになる』ということです。共産主義政権にその例を数多く見ることが出来ます。

私は『権力の腐敗に対するブレーキを制度に仕組むのが正解』と確信しています。

 

これが、『当選後の市政の運営で決定的不一致が生じた場合、閣内不一致による内閣総辞職に倣って市長辞任』の書面を公開した上、副市長の名前を示して立候補する仕組みによって権力の乱用と腐敗に歯止めをかけようと考えに辿り着いた理由です。

 

副市長の名前を示して立候補する仕組みは新人の立候補者について『向こう4年間、この新人は信用できる人かどうか』を担保する仕組みとしても有効です。現職の市長が立候補される場合は、過去の実績から『信用できるかどうか判断の材料がある』のですが、立候補される新人については『信用できるかどうか判断の材料がないので、事前に明示される副市長に担保してもらう』と言うことです。


2)市政の課題である重要政策決定プロセスの透明性確保についての仕組み


  私は重要政策について考える場合、情実を排し、『因果関係に忠実に』という科学の立場に立って、理想像を描き、『現実に与えられているヒト・モノ・カネの枠組みの範囲で実行可能な複数案を作成し、民意に問うのが必要と考えています。『血も涙もある理論派』が私が権力を委ね、投票してもよいと思う候補者像です。

 

『血も涙もある理論派』に私は、次の4つの基本原則に忠実に『みんなのためになる政策の立案と実行する権力』を委ねたいと考えています。

 

1の基本原則は『5W・1H』に従って政策全体を構想することです。5W1Hとは、すなわち、①WHY=目的、②WHAT=目標、③WHO=誰、④WHEN=何時、⑤WHERE=場所、⑥HOW=手法 です。

 

2の基本原則は、『アイディアが形になるプロセス』について、ものづくりについて定式化されている6つの順序を踏むことです。6つの順序とは、①着想(conceive)、②プロトタイプの作成(design)、③量産スペック=実行案の作成(develop)、④実行(produce)、⑤販売(market)、⑥配送(deliver)という手順です。

 

3の基本原則は、重要政策が『ものづくり』の場合と『サービス提供』の場合に原理原則が全く違うことを考慮しなければならないことです。『ものづくり』の場合は、ものが生産拠点から利用拠点へ移動するのに対して、『サービス提供』の場合は、サービスの生産拠点へ利用者が移動して来なければならないことです。行政は製造業ではなく、サービスを提供する組織ですから、サービスを提供する場所までの交通の便を十分配慮しなければなりません。この点が守られないと政策は成功しない(モノの場合は売れない)と考えています。

 

第4の基本原則は、『米国海軍大学テキスト(1942版)に示されている3項目の評価基準、すなわち、『目的適合性』(suitability)、『採算性』(feasibility)、③『損害許容性』(acceptability)に従って政策全体を評価することです。

 『目的適合性』とは、実行しようとする政策が目的に適うかどうかということですが、行政の場合は『フォアザパブリック』と考えておけばよいでしょう。『採算性』とは言うまでもなく『効果/費用』のことです。『損害許容性』とは、損害の許容範囲のことで、一定額を越えて損害が発生する場合、事業を撤収することを事前に決めておくことです。費用の限界と並んで時間についても許容限度を設定しておくことが重要です(目的適合性と採算性を評価基準とすることはわが国でも常識になっていますが、アメリカは1942年版のテキストで損害許容性を軍事作戦の判断基準として明示していたことが分かります。『玉砕』という作戦命令はアメリカの場合存在の余地がなかったと評価されています。閑話休題)。

 

ご異論はなかろうと考えます。

 

この4つの基本原則に照らすと、情報基盤整備事業、上野原駅南口開発事業、保育所統合事業などは構想段階で問題点があったことが分かりますが、選挙で選ばれた市長が議会に提案され、議会の賛成を得て実行された事業でありますので、私は、『覆水盆に返らず』の謂れに倣って、批判は差し控え、『向こう4年間、場合によっては8年間、同じ轍を踏まないために『コンサルに丸投げではなく自分たちで政策案を作る必要性』と『出来上がった案を市の9つの区長会で説明する必要性』について説明します。

 

その前に、基本原則に照らした場合、上野原市の重要事業の構想段階でどのような問題点があったのか、コメントします。

 

 情報基盤整備事業の構想段階の問題点:私は、情報基盤整備事業の構想に『フォアザパブリック』の高い志が読み取りましたが、志から生まれた実行策は『1民間企業の営利事業』でした。『フォアザパブリック』を標榜する以上、広く浅く出資者を募ることが必要でした。市内各地で開かれた事業説明会に私は何回か出席しましたが、『意味がある事業だから自分も出資したかった』という意見に何回となく接しました。

 

 上野原駅南口開発事業の構想段階の問題点:河岸段丘という『変えたくても変えられない当地の地形』にもかかわらず、引力に逆らう計画となっていることです。今からでも、北口はバスの降車専用、南口は乗車専用とし、一般車両は北口・南口いずれも利用可能とするよう計画を変更する余地があるというのが私の考えです。 

私は、引力に逆らわない考え方を所定の用紙に記入して、平成2327日に『上野原駅周辺整備基本計画についてのパブリックコメント』を市役所担当課にメールしましたが、なしのつぶてでした。

JRのプラットホームの乗車券販売機のあたりからゆるい傾斜の地下道を掘り下げ、南口市道のレベルまで掘り下げたところで左折させ、市道につなぐ。地下道の幅はホームの機能に支障がない範囲でできるだけ広いことが望ましい。JR上野原駅のプラットホームはこの地下道を彫ってもなお十分な幅が残る』

 

保育所統合事業の構想段階の問題点:サービスを内容とする事業であるにもかかわらず、利用者がサービスの生産拠点まで出向かなければならないと言うサービス事業の本質に対する配慮が抜け落ちていること。利用者の立場に立ったマーケティングインの観点よりプロダクトアウトの観点が優先された結果なのでしょう。


第1点サイフォンの原理を活用して棡原から中心市街地に水を引いた先人のふるさと創成への熱い思いと叡智に学び、『駅南口開発その他重要事業の実行案を(数百万円を投じて)コンサルに丸投げするのではなく、今もこの地に継承されている叡知と情熱を結集して成案すること』です。


私は、部厚さにして10センチ超の『上野原町史』から、この25年間に、遠くは、①私財を投じて西原・棡原から高台の中心市街地に用水を引いた先人、②子どもたちの教育のために山林を寄贈された先人、③日大明誠高校の誘致に力を尽くされた先人の高い志を学びました。大学に着任した時には、④工業団地を完成させていた先人の高い志を学んでいます。

棡原から高台の中心市街地に用水を引き込んだ事業について、先人がサイフォンの原理を活用したことに私は『ふるさと創成のフォアザパブリックの高い志』を見出しています。そのころはコンサルがなく、自分で考えられたに違いありません。

私がこの地で納税するようになったこの25年間について私が観察したことは、市役所ではコンサルに発注するのが仕事となっています。

私が5年間、区長と上野原地区の財産区管理委員と青少年育成推進員を務める間に多くの方々に接しましたが、この地で生まれ、育たれた方々のこの地に寄せられる愛着と培われた知恵と秘められている情熱は、首都圏の平地で培われた知識でこの地の計画を書いているコンサルタント会社の若い社員の比ではありません。

南口開発のもっともらしいスケッチを私は見ていますが、上野原駅のスケッチは新たに描いたスケッチではなく、都会の駅の回廊のスケッチが転用されていたのを知っています。

コンサルに発注すると、一見すると計画の客観性が担保されているように見えますが、この地のことを熟知し、身体で理解した知恵から生まれた計画になりません。当然の成り行きです。

どうして上野原に生まれ育った人たちの知恵を総動員しないのでしょうか。

 

私は、25年前に当地に創設された大学に着任し、学生諸君とともに『国道20号線の車両通行状況』、『JR上野原駅の週日と週末の乗降客動向』、『地域通貨』などの調査・研究に取り組みました。帝京科学大学紀要 第3巻 『上野原田園都市地域のQuality of Life 向上のための2件の野外調査と2件の構造改革特区提案』を見て下さい。

観光委員会委員を拝命した時には『春は桜、秋は紅葉』というコンサルの八重山観光開発計画案に『夏はオオムラサキ』を加えることを提案しましたが、取り上げられませんでした。

中山間地域交通問題検討委員会委員を拝命した時はワーキング グループのリーダーを務め、コンサルに頼ることなく、市役所のみなさん方に汗をかいて貰って需要見通しを行い、『運賃は距離に応じて300円と500円の2段階、ドア ツー ドア輸送を行う9人乗りの デマンドミニバス の計画案』を取り纏めました。帝京科学大学紀要 第5巻 『CONCEPT ENGINEERING のセオリーとデマンドミニバスによる上野原市中山間地の交通体系再構築』を見て下さい。

 

この案は、アメリカでオバマ大統領が、日本で鳩山首相が、当地で江口市長が選挙で選ばれるという時代の流れの中に埋没し、タクシーを利用した運賃500円のデマンドタクシーが動いています。私としては残念で、もったいない ことでした。


第2点この案を『まず議会審議に説明し、次に、9つの地区区長会で詳細説明し、情報を公開すること』です(審議と採否の議決は議会の役割ですから地区区長会では説明するだけに留めます)。 


 情報基盤整備事業、上野原駅南口開発事業、保育所統合事業という市政の重要政策について、決定プロセスの透明性が必要であったことについて、みなさま方、ご異論はなかろうと考えます。

 

 上記の3つの重要政策が議会に説明された後に市内各地で説明されましたが、いずれも、『アイディアが形になる6つのプロセス』のうちの①着想、②プロトタイプの作成の段階はブラックボックスの中で検討され、③量産スペック=実行案が作成された段階になってはじめてパブリックコメントが求められたと私は考えています。

 

 とくに指摘したいことは、量産スペック=実行案の前の状態、すなわち、『プロトタイプまたは概念設計の段階でパブリックコメントを求めること』が必要だということです。

 私は、駅南口の開発計画を商工会での説明会の席で聞いた際に、街中から毎朝通勤に急ぐ乗客を2回右折して南口まで運び下ろして、エレベーターで86段の階段を運び上げる計画は合理性の欠けると指摘しましたが、納得できる説明はありませんでした。『10分間の最大利用者数は朝8:10の460名(北口417・南口43)』(帝京科学大学紀要第3巻61ページ)をエレベーターで運び上げることが可能かどうかについても納得できる説明はありませんでした。

 

 民間企業では、新製品・新サービスのコンセプト(着想)はマル秘なのになるのですが、行政においては『フォアザパブリック』が最重要でありますから、コンセプト段階で情報公開することが必要と考えます。

 

 情報公開は、①市の広報誌に掲載する、②パブリックコメントを求めるなどの方法で行われていますが、私の5年間の区長体験の中の最初の2年間の上野原地区区長会会長の経験から、市内に9つある地区区長会に重要政策についての情報を公開するのがベストと考えています。

 

 私が強調したいのは、地区区長会では徹頭徹尾説明に留め、内容の審議は徹頭徹尾議会の専管事項とするということです。地区の区長各位がその道の専門家が区にいらっしゃる場合は、持ち帰って専門的見解を徴することが可能です。

 

 上野原市には111の区があり、9つの地区区長会に分かれ、規約に基づいて、会長・副会長・幹事長・会計が互選され、和気藹々の雰囲気の中、それぞれの問題について、てきぱきと議論が行われています。何よりも、区長は志願すれば就任出来る立場ではなく、地域の推薦があって初めて就任出来る立場であります。

 私が接して来た区長各位は、白熱した議論の中で、主張すべきは主張し、譲るべきは譲り、納得ずくの議論から結論が出された後は粛々と実行に移される良識の持ち主ばかりであります。


3)『東京都の新公会計制度導入と上野原式スピード行政


 上野原市は『家計と同じ現金主義・単式簿記』で決算を行なっています。これを改め『民間企業と同じ発生主義・複式簿記の会計制度』を導入し、(光ファイバーの)減価償却を行い、税収を売上高に見立てて市の損益計算書と貸借対照表を作成して、『時は税なり』を合言葉にしてスピード行政を行うことです日本では東京都だけが税収を売上高に見立てて損益を計算し、財務諸表を作成しています)。


東京都知事に4回当選され、13年間知事を務められた石原慎太郎さんは、自らの業績を語られることは滅多にありませんが、必要性が指摘されながら全国の行政で手つかずのまま放置されていた『新しい公会計制度』を4年がかりで作り上げ、2006年度から実施されたことについて、一度ならず、誇りに思う旨の発言をされています

 上野原市では、事細かに、細かすぎるくらい事細かに資金収支が計算され、決算が報告されていますが、それは、家計簿と同じ『現金主義・単式簿記』だということです。

 東京都の『新公会計制度』の説明によりますと、『現金主義・単式簿記』では経営に必要な ストック情報(みなさん方の家計になぞらえると貯金残高と不動産価額)とコスト情報(減価償却という考え方がないため、道路にいくら金が掛ったかが分からない。上野原市についていえば、光ファイバーのコストが分からない)が作成出来ないため、行政のお金の出入りは分かっても、行政の現実の姿と成果を納税者に説明できないし、最終的にマネジメント(経営)出来ないということなのです

 都の報告は『新公会計制度によって当年度財務諸表の分析結果を翌年度の予算に反映出来るようになった』と述べています。

 私は、官庁会計の弊害について『単年度予算だから、当年度中に予算を使い切らねばならない』と言われていることは承知し、実際にその無意味さを体験していますが、東京都がここまで実行された結果、目覚ましい成果が上がっていることを改めて確認しました。

 『会社と官庁とは会計制度と用語が大きく異なるけれど・・・』と思われる方が多いと思います。両者の共通点と相違点について都の説明を続けましょう。

貸借対照表(バランスシート=B/S)は東京都と企業で違いはない、

   損益計算書は東京都では『行政コスト計算書』と呼ばれている、

キャッシュフロー計算書は東京都と企業で違いはない、

株主資本変動計算書は東京都では正味資産変動計算書と呼ばれている。

 ここまで体系化されるにあたり、都では、企業会計にはない言葉、例えば、『インフラ資産』などの行政特有の用語を導入、支出は予算費目通り行うが会計に必要な勘定科目への変換、仕分けは官庁会計の組み換えではなく、個々の支払い伝票に基づく複式簿記を行うための仕分けなどの工夫をされています。減価償却については定額法が採用されています。

 

提案者が驚き、かつ、大いに納得したことは、行政のコスト(損益)算出に当り、東京都が『税金を売上高として計上』されたことであります。

 『行政サービスの対価はそれを受ける人によって異なる。その大きさは一概に決めれない』というお役人が言いそうな言い逃れを封じ、行政マンに厳しい規律を求めるからであります。

 公私を混同し、税金を私事のために支出することは、会社のセールスマンが集金した売上金を会社に入金せずに、着服するのと同じということが一目瞭然となるからであります。どこの会社でも売上金をピンハネした営業マンは厳罰に処せられます。


 『科学の立場に立った行政の仕組み』については、『行政をシステムとして捉え、経営工学の手法を応用した因果関係に忠実な行政の推進』ですが、まずは、変えたくても変えられない河岸段丘という当地の地形に鑑み『特区を申請してでも地球の引力に逆らわない合理的行政』を推進することです(『毎朝、北口でバスを降りてプラットホームへ急ぐ通勤客をわざわざ南口まで運び下ろして、86段の階段をエレベーターで運び上げるというのは不合理です。北口をバスの降車と自家用車の送迎に利用するのが合理的です  


  『システム』という言葉は英語ですから、Pocket Oxford Dictionaryという英英辞典を引きました。『複雑な全体』と書かれていました。これでは何のことか分かりません。ISEDという英語を母国語としない人々のためにOxford大学が編纂した英英辞典を引きました。『システムは目的達成のために最も重要な部分とそれに比べると重要性は低いがなお重要な多くの部分から構成されているグループで、部分は全体の目的達成のために一時も休むことなく働いている。鉄道システムや人間の神経システムがその例である』と説明されていました。

 『システムというものの見方・考え方』は自然が生み出さない自動車やスポーツなどを人間が作り出して動かそうとする段階になってはじめて体系化されたとされています。

 

 『システム』というものの見方・考え方の中で重要なのは、『システム全体について5W・1Hを明確にした上、全体の目的を達成するために部分は何時・何処で・何をなすべきか、部分についての5W・1Hを明確視して、全体を動かして行くこと』です。その場合、『最高の効率』が求められます。

 

 全体を動かして行く場合『プラン・ドゥー・チェック』に代表される経営管理の手法が活用されなければなりません。

 

 全体を動かす場合、個々の行動についての意思決定(判断)が求められますが、判断に当たって、『誰の目から見ても納得が行くような判断』を下すことが必要です。そのためには科学的、すなわち、因果関係に忠実な判断が不可欠です。

 

 科学という場合、高校の理科の区分でいう生物・化学・物理・地学などの自然科学だけでなく、経済学や法学などの社会科学、さらには、哲学・倫理学・歴史学などの人文科学などの全分野が含まれまれるのですが、要は、『好き嫌いではなく、論理に基づいてものごとを決める』ことが求められます。